Picasa(ピカサ)で編集加工 ヌード・コラージュ

 

人の尊厳を考えるために載せる画像

 

 

 女性美術モデルにポーズを依頼して描いたヌード「女性の背中」を展示してます。 画象の編集加工(コラージュ)は Picasa(ピカサ)無料ソフトを使ってます。 編集したい写真を指定(クリック)し、トップページ下に位置するコラージュボタンを押します。 下のような画面が見えてきます。 写真中央にカーソルを合わせれば、図のような「輪」が見えてきます。 写真の角度や表示する大きさを自在に変えることが出来ます。 写真を気に入った回転位置に合わせます(普通は、0度・水平位置にあわせます)。 そして、「背景オプション」下に位置する背景色をパレットから選びます(パレット上にカーソルを合わせ、クリックします)。 上のようなグリッド・額を付けるような展示をするには、画像を小さめに設定し回転位置を水平にします。 背景色をパレットから決めて「コラージュの作成」ボタンを押します。 出来上がったコラージュ画像をトリミングすればよいことになります。 コラージュをやり直すには「リセット」、取りやめるには「閉じる」をクリックします。

  コラージュ画像

尊敬 vs 愛、賢い選択 >  ・・・ 自分が気に入った女性がいれば、尊敬されたいし、また同時に愛されたいと思うわけです。 普通の人なら、素直にそう考えるでしょう。 尊敬と愛を同時に手に入れることは、”卓上”であれば、簡単に成り立ちそうな話ですが、よく考えてみると、かなり無理な話で、また欲張った話でもあります。 より高い位置にある人と考えたり、少し距離をおいて考えるときに、尊敬と言う言葉が出てきます。 ところが、愛というものには分け隔てがない、もちろん上下関係もないところにしか成り立ちません。 ですから、”厳密”に言えば、尊敬と愛とは両立しない、両方を得ることは難しいことになります。 ・・・ここまではよく言われる話なのですが、さて、どちらかしか選べないとなったときに尊敬と愛のどちらを選ぶかということです。 周りを観察していると、尊敬を選んでる人はけっこう多いように思います。 たぶん私も尊敬を選んできたように思うわけです。 最近になって思うのですが、勇気あるものは、愛(されること)を選んでいるように思えてなりません。 尊敬(されること)では傷つくことはありませんが、愛は両刃の剣のようなものですからね、勇気ある(より行動的な)人しか、愛を選択することはできそうにありません。 ここのところは、素直に、また勇敢に愛を選択することが、人として ”立派”なことかもしれません。 立派と言うよりも ”賢い”選択なのでしょうね、人生をより面白いものにするためにも・・

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人生哲学とまでは言わなくても、本質的なことは(案外)目の前にあったり誰にでも見えていたりするものです・自己の尊厳と心の健康。 経験とか慣習とか前知識などは、本質を見る目を遮っているのでしょうね。 人の悩み事の多くは解決できるようなことでもなく、だからといって、その悩みに向き合っていかないことには生きる意味も見えてこない・・・そうこうしているうちに、深みにはまってしまうのかもしれません。 自身の内面からの新たな反応の仕方を楽しむような余裕と仕切り直しみたいなものがあると良いのでしょうね。 尊敬や愛、賢い選択。 信頼できる心理カウンセラーとは? 

         心理カウンセリング

              「 安心できる心理カウンセラー 

背景を映す湖面のフォト 緑に染まる灯篭 カフェのいすとテーブル

 

ここに載せてる絵は Picasa(ピカサ)で編集したヌード・クロッキーですが、モデルを前にして描いたものばかりです。 描かれる方(ヌードモデル)、描く方(制作者)のどちらかに主導権があることではなく、両者の話し合いの下にポーズを決めながら(制作は)進められていきます。 ポーズ付けすることもほとんどありませんし、このポーズもモデルが自然にポーズした ”瞬間”を捉えてます。 ポーズにおいては、20分以上の固定ポーズを強いることは出来ません。 したがって、制作者には「目が覚えてしまう」ような ”記録ではなく記憶する芸当”が求められることになります。 実際にこの作品(70x65センチ)は、ポーズは20分ですが、作品を仕上げるには三時間を要してます。 また、出来上がった作品は一眼でカメラに収め、Picasa(ピカサ)で編集加工ヌードのコラージュ画像(コラージュでグリッドを入れることを)してます。

茅葺き屋根 草花 秋の風物詩