Picasa(ピカサ)で編集加工 厭らしさの意味?

 

クリスマスイリュミネーションとモデル

 

 

厭らしさの意味? >   世間一般的に(ビジュアル(視覚)の世界で)言うところの厭らしさの意味・非日常って?を考えてみます。 それは非日常画像であったり、見えてはならないところが見えている画像などのことを総じて「非常識な」画像というのでしょう。 ところが、アート感覚で考える「厭らしさ」を悪い意味で定義するなら、「媚が入っている」画像のことですね。 ですから、「可愛いでしょぅ・・」的に撮られた写真などはすべて「非常識な」写真ということになります。 性的欲求を満たすためだけの画像も「非常識な」画像と言えます。 興味本位な好奇心を煽るばかりで知的好奇心に関らないような画像は、単に「非常識な」画像と言えます。  ですから、見えてはならないところが見えているような画像もOKなのです、媚びていたり変な好奇心を煽るばかりの画像でなければ・・・アート感覚からすればですね。 ですから、「厭らしさの意味」を考えるとき、日常的な「常識」を基準にするのか、アート感覚を基にするのかではずいぶん違ってくることなのです。 ・・・Picasa(ピカサ)でコラージュ編集してます。 イリュミネーションの中で映えるヌードです。

モデルとカメラマンの共同制作としての作品撮り

フォトセッション現場を経験した者から言わせてもらえば、これまで言われてきたような「カメラマンの喋りとカメラのシャッター音がモデルのやる気と緊張感と表情をつくっていく・・」と言うこともあるのでしょうが、最近になってモデルと作品制作に関わったものとしては「モデルとカメラマンが共同制作者として作品撮りをしていく・・」ことであり、カメラマン主導の撮影から、モデルとカメラマンの共同制作的な様相を呈してきたと感じてます。 衣装はもちろんのこと、撮影に関するビジョンやアイディア、撮影場所の選定や設定まで様々なところでモデルが関わってくるのだと思います。 いいかえれば、それができないモデルはチャンスが少なくなっていくように思います。 単に言われたとおりに撮られているだけのモデルでは、通用しないということですかね。

Picasa(ピカサ)ヌード画・手 二子多摩川の壷の写真 精密に描かれた腹の図

 

非常識なとはいっても、それは単に観る人によるわけで、ヌードクロッキー会やデッサン会などの女性ヌードが当然であるような場にでかっけると、アート感覚で芸術的な目で観ている人と非常識なだけで観ている人の違いみたいなものを感じることはあります。 目線が違うんですよ、アート的な目と非常識なだけの目とは・・・ヌード画を描いてみることから始めましょう。常識ではヌードは描けない 普通の常識的な目で見えれば変な絵にしかなりません。 美意識が問われるヌード。 ヌードを撮る・描くについては・・  

日の光を浴びるショップの看板 ボリューム感・胸の図 ショップの店先・骨董品屋